LONG LIFE STORY寿命 40年〜

アラン・セーター——島の手編みが残した編み目

生成りの分厚いニットに、縄のような模様が縦に走っている。アイルランドの小さな島で生まれたこのセーターには、有名な伝説と、それとは少し違う本当の成り立ちがあります。

/ FURUGI LOOP 編集部 / 長生きした服の物語

アイルランド西岸、ゴールウェイ湾の入口に浮かぶアラン諸島。風の強い、石垣ばかりの島です。そこで編まれた白いセーターは、いまでは古着屋のニット棚でもよく見かける一枚になりました。何十年も前に編まれたものが、まだ普通に着られる状態で流通している——それがこの服の特徴です。今回は、その理由と、この服にまつわる有名な話の行方をたどります。

見た目より、ずっと若い服

「何百年も続く漁師の伝統」として語られることの多いセーターですが、研究者の見方はもう少し慎重です。英語版ウィキペディアがまとめる研究史によれば、アラン編みは1890年代から1900年代初頭にかけて成立したとされ、島の人々がガーンジー・セーターの編み技法を、地元の太い羊毛に置き換えていったものと考えられています。現存する古い作例も、おおむね20世紀初頭までしかさかのぼれないようです。

つまりこの服は、古代から続く民族衣装というより、比較的新しく生まれて、あっという間に「古くからあるもの」になった種類の服だといえます。商業的な編み図が最初に出たのはイギリスのパトンズ社によるもので1940年代、アメリカへの輸出が始まったのは1950年代初頭、『ヴォーグ』が誌面で取り上げたのも1950年代のことでした。

それでも、この服が20世紀の名品として扱われていることに変わりはありません。ニューヨーク近代美術館(MoMA)が2017年10月1日から2018年1月28日まで開いた展覧会「Items: Is Fashion Modern?」には、アイルランド国立民俗コレクション(メイヨー州キャッスルバー)が所蔵する1941年の手編みアランが、リトル・ブラック・ドレスやジーンズと並んで出品されています。

模様が家の印だった、という話

アラン・セーターを語るとき、必ずといっていいほど出てくる話があります。模様は家ごとに決まっていて、海で亡くなった人が浜に流れ着いたとき、その編み目で身元がわかった——という伝説です。

けれども、これを裏づける史料は見つかっていません。出どころとしてよく指摘されるのが、ジョン・ミリントン・シングが1904年に発表した戯曲『海に騎りゆく人々(Riders to the Sea)』です。ただし作中で身元の手がかりになるのは靴下で、しかも決め手は模様ではなく編んだ目の数でした。さらに、編み目ひとつひとつに象徴的な意味があるという話は、毛糸店を営んでいたハインツ・エドガー・キーヴェの著書『The Sacred History of Knitting』が広めたものとされ、リチャード・ラットやアリス・スターモアといった編み物史の研究者たちが検証のうえ否定してきました。

物語は史実ではありませんでした。それでも、この服を捨てさせないだけの力は持っていました。

この連載で繰り返し出てくる構図がここにもあります。バンドTシャツが記録として値段を持ったように、アラン・セーターは物語をまとったことで、消耗品から「取っておくもの」へ移ったのだと考えられます。事実かどうかとは別に、そう語られた服は捨てられにくくなります。

báinín(バーニーン)という素材

素材の話をします。伝統的なアランに使われてきたのは、báinín(バーニーン)と呼ばれる未染色のクリーム色の羊毛です。羊毛に含まれる油分・ラノリンをあまり落とさずに残すため、水をはじきやすいと説明されます。染めていないぶん、経年で出るのは色落ちではなく、生成りが少しずつ深まっていくような変化です。

模様は、ケーブル(縄)、ダイヤ、ハニカム(蜂の巣)、ブラックベリーなどの編み地を4〜6種類ほど選び、身頃に左右対称に配置していくのが定型とされています。厚みと立体感は装飾のためだけではなく、編み地が重なることで空気の層ができ、風の強い場所で暖かい。模様そのものが機能でもあるという点で、この服はM-65のような機能設計の服と同じ考え方の上に立っています。

手編みは、ほどける

アランが長生きする理由のうち、いちばん見落とされやすいのが構造だと思います。手編みのニットは、縫って組み立てた服とちがって糸を引けばほどける。袖口が擦り切れたら、そこだけほどいて編み直せます。丈が合わなければ裾を出す、詰める。虫食いの穴は、ダーニングで小さく織り直せます。

着物が直線裁ちだから解体できたのと同じで、アランもまた、直すことを前提にした作り方をしています。買った状態のまま使い切る服ではなく、手を入れながら形を変えていける服です。だからこそ、40年前の一枚がいまも棚に並んでいるのだと考えられます。

日本では毎日およそ1,300トンの衣類が焼却・埋め立てられていると環境省は推計しています。新しいニットを買うことが悪いのではありません。ただ、袖口がほつれた一枚を直して着るという選択肢が残っているなら、そのぶん新しく作られる負荷を使わずに済みます。アラン・セーターは、その選択肢を最初から編み込んである服なのだと思います。

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