ハリスツイード——法律に守られた手織りの布
古着屋のジャケット棚で、裏地にオーブ(十字のついた球)のラベルを見かけることがあります。あの小さな印は、産地と製法を法律で定めた布の証明書です。
スコットランド北西の沖に、外ヘブリディーズ諸島と呼ばれる島々があります。ルイス島、ハリス島、ノース・ウイスト島、ベンベキュラ島、サウス・ウイスト島、バラ島。人口の少ない、風の強い島です。ここで織られる毛織物にだけ「ハリスツイード」という名前が許されています。許されている、というのは比喩ではありません。英国議会の法律で決められているのです。
「ハリスツイード」と名乗れる条件
1993年に成立したハリスツイード法は、この布をこう定義しています。外ヘブリディーズ諸島の島民によってその自宅で手織りされ、諸島内で仕上げられ、諸島内で染め・紡がれた純粋な新毛から作られたツイードであること。産地だけでなく、どこで誰が織るかまでが条文になっています。
ここまで細かく決められたのは、名前が盗まれた歴史があるからです。ハリスツイード協会(Harris Tweed Association)がまとめる年表によれば、1906年には島の外で作られた布を本物として売った人物が訴えられる事件が起きています。1934年には製造を諸島内に限る形へ定義が改められ、1964年の裁判でもその線が確認されました。1993年の法律は、その積み重ねの上に置かれた最後の一手といえます。
オーブという刻印
ブランドを守る道具として先に生まれたのが、あの丸い印です。1909年に協会が設立されて証明標章の登録が申請され、1910年に商標が認められ、1911年から布に使われるようになったとされています。この種の証明標章としては英国で最も古いものだと説明されています。
この印は、デザインとして刷られているのではありません。ハリスツイード協会の検査官が仕上がった布を検分し、合格したものに手で押していきます。反物のおよそ50メートルごとに検査が入るとされ、条件を満たさない布にはオーブが付きません。ラベルが商品名ではなく検査済みの記録になっているという点が、この布の特殊なところです。
家の作業場で織られている
糸を染めて紡ぐのは島内の紡績工場ですが、織る工程は工場に集約されていません。織り手はそれぞれの自宅や納屋の作業場に織機を置き、そこで織ります。単幅のハタスレー織機、あるいは倍幅のボナス・グリフィス織機が使われ、どちらも足踏みで動かす仕組みです。動力ではなく人の脚で杼(ひ)を通していく作業になります。
生産量は時代によって大きく上下してきました。1966年には約760万ヤードというピークを記録し、その後は長く落ち込み、2009年には約45万メートルまで縮小しています。2012年に約100万メートルまで戻り、近年も需要は続いていて、2024年の生産量は約58万メートル、協会に登録された織り手は約140人と報じられています。島の産業として、まだ現役です。
法律が守っているのは、たぶん寿命
ハリスツイードのジャケットが古着屋で何十年も回っているのは、単に丈夫だからというだけではないように思います。まず、布そのものが厚く、目が詰まっていて、擦れても地が抜けにくい。そして仕立てられる先が、たいていテーラードジャケットやコートです。肩幅や着丈を直せる作りの服なので、持ち主が変わっても寸法を合わせ直せます。
さらに、この布には出どころが残ります。裏地のオーブを見れば、どの島の、どういう決まりで作られた布なのかがわかる。産地を辿れる服は、捨てる前に一度考える対象になりやすいのだと思います。ボロや着物がそうだったように、来歴のある布は手放されにくくなります。
日本では毎日およそ1,300トンの衣類が焼却・埋め立てされていると環境省は推計しています。新しい服を作ることが悪いのではありません。ただ、法律を作ってまで製法を守った布が、いま古着屋の棚で50年前と同じ顔をして並んでいる。それは、作り方を守ることが、そのまま服の寿命を延ばすという実例なのだと思います。
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