ガンジーセーター——港町の作業着が残した編み方
紺色の細い毛糸で、目を詰めて編まれたセーター。港で働く人の作業着として生まれたこの服には、傷んだところを編み直して着続けるための工夫が最初から組み込まれていました。
英仏海峡に浮かぶチャネル諸島のひとつ、ガーンジー島。その名前を持つセーターは、英国各地の港町で漁師たちが着てきた作業着です。地域によっては「ガンジー(gansey)」とも呼ばれます。飾り気のない紺色のニットですが、その作りをひとつずつ見ていくと、長く着るための考え方がほとんどすべて入っていることに気づきます。前回のアラン・セーターも、実はこの服の編み技法を下敷きにして生まれたとされています。
島の産業としての編み物
ガーンジー島と編み物の関わりは古く、英語版ウィキペディアによれば、15世紀後半にイングランドから羊毛を輸入し、編んだ製品をノルマンディーやスペインへ再輸出するための王室の許可が得られていたとされています。
島の観光局 Visit Guernsey の記事によると、編み物産業は1500年代に始まり、最初は靴下や「ガーンジー・フロック」と呼ばれる肌着などを作っていたようです。エリザベス1世やメアリー・スチュアートもガーンジーの靴下を身につけていたと伝えられています。1680年代には、人口およそ1万4,000人のうち約6,000人が編み手として働いていたとされ、島そのものが編み物で暮らしを立てていた時代がありました。
18世紀半ばになると産業革命で手編み品の需要が減り、島の編み物は海で働く人のための服へと軸足を移していきます。1804年には、ネルソン提督がこの服を水兵の衣類として高く評価したという記録も紹介されています。19世紀には英国海軍の水兵の制服として広く使われるようになりました。「ガーンジー」という名前が島の外の辞書に初めて載ったのは1851年のことだとされています。
「作業着」の設計
伝統的なガンジーは、細く撚りの強いウーステッド(梳毛)の毛糸を、細い針で目を詰めて編みます。英国の伝統工芸を記録する団体 Heritage Crafts は、約2mmの両先針で輪編みにし、縫い目を持たない作り方だと説明しています。目が詰まっているから風を通しにくく、縫い目がないから裂けにくい。海の上で着る服として、理にかなった構造です。
脇の下にはダイヤ形のマチ(ガセット)が編み込まれます。腕を動かしやすくすると同時に、力のかかる場所の傷みを減らすための工夫とされています。袖口は短めでぴったりと編まれ、水や冷気が入りにくく、網や道具に引っかかりにくいようになっています。
模様はすべて一色で、表目と裏目の組み合わせで描かれます。ロープ、はしご、網、波など、港の暮らしに身近なモチーフが多く、コーンウォールだけでも主要な模様が24種類確認されているそうです。
袖は、肩から下へ編む
ガンジーが長生きする最大の理由は、袖の編み方にあると考えられます。身頃を裾から輪に編み上げて肩をはぎ合わせたあと、袖は袖ぐりから目を拾って、手首に向かって下へ編んでいきます。
この順番には意味があります。作業着でいちばん先に擦り切れるのは、ひじや袖口です。袖が上から下へ編まれていれば、傷んだところまで糸をほどき、無事な位置からもう一度手首まで編み直すことができます。Heritage Crafts も、ひじや袖口の傷んだ部分をほどいて編み直せる構造だと説明しています。
服を丸ごと取り替えるのではなく、消耗する部分だけを入れ替えていく。着物の直線裁ちや、アラン・セーターのほどける編み地と同じように、ガンジーもまた最初から修理を前提にした服だといえます。
時間をかけて編まれた服を、時間をかけて着る
手編みのガンジーを1着仕上げるには、Visit Guernsey の記事では約80時間、Heritage Crafts は少なくとも160時間かかると紹介しています。編み手や模様によって差はあるものの、どちらにしても大きな手間です。Heritage Crafts は、編み手の高齢化や、手編み品が高価になってしまうことを課題に挙げています。
それだけの時間が編み込まれた服だからこそ、人々は袖を編み直しながら着続けてきたのだと思います。日本では毎日およそ1,300トンの衣類が焼却・埋め立てられていると環境省は推計しています。新しいセーターを選ぶことが悪いのではありません。ただ、袖口がほつれた一枚をほどいて編み直すという道があるなら、そのぶん新しく作る負荷を使わずに済みます。港町の作業着は、その道を編み方そのものに残してくれています。