バブアー——蝋を塗り直して着続けるジャケット
古着屋で見かけるバブアーの表面は、色むらやかすれがあることが少なくありません。それは劣化の跡というより、蝋を塗り直す前の状態です。この服は、手入れされる前提で売られてきました。
イングランド北東部、タイン川の河口にサウス・シールズという港町があります。1894年、スコットランド出身のジョン・バーバーがこの町の市場に店を開き、船乗りや漁師、港で働く人たちに向けて油引きの防水布やその衣類を扱い始めました。これがバブアー(J. Barbour & Sons)の始まりとされています。北海の風と雨にさらされる人たちのための、道具としての服でした。
港町の油布から、バイクと田園へ
バブアーの公式年表によれば、1908年には通信販売のカタログがつくられ、1917年には事業の約75%を通販が占めるまでになったとされています。港の外にも、雨の中で働く人は大勢いたということなのだと思います。
1936年には、国際的なオートバイ競技(インターナショナル・シックスデイズ・トライアル)向けにワックスドコットンのスーツ「インターナショナル」が作られました。1964年には、東ドイツで開かれた大会に出場した米国チームのスティーブ・マックイーンらがこれを着ていたと、同社は紹介しています。
いま多くの人が思い浮かべる形はもう少しあとの時代のものです。1980年に乗馬向けの短い丈の「ビデイル」、1983年に「ビューフォート」がラインナップに加わりました。どちらも現在まで作り続けられているモデルです。1974年、1982年、1987年には英国王室の御用達(ロイヤルワラント)を受けており、その対象は「防水・防護衣料」とされています。
「塗り直す」ことが仕様に入っている
ワックスドコットンは、綿の布に蝋を含ませて水を弾くようにした生地です。着ているうちに、折り目や擦れる部分から蝋は少しずつ抜けていきます。表面が白っぽくかすれ、雨が染みやすくなる。ここで多くの服は「傷んだ」と判断されますが、この布は蝋を足せば性能が戻るように作られています。
バブアーは公式サイトで、着用状況に応じて年に1回程度の再ワックスを勧めています。専用のワックスを温めて布に擦り込み、なじませるという作業で、自宅で行うための手順も同社が案内しています。服を買ったあとに、持ち主が手を入れる工程が最初から想定されているわけです。
工場に戻ってくるジャケット
自宅での手入れだけではありません。バブアーは本社のあるサウス・シールズのシモンサイド工場で、客から送られてきたジャケットの再ワックスや修理を受け付けています。同社は2021年に再ワックスのサービスが100周年を迎えたとしており、この仕組みが一時的なキャンペーンではないことがうかがえます。公式サイトでは、世界で数万着規模のジャケットが毎年このサービスを通じて再ワックス・修理されていると説明されています。
2019年には、着なくなったジャケットを引き取り、修理して再び販売する「Re-Loved」が始まりました。2020年からは、再ワックス・修理・Re-Lovedをまとめて「Wax for Life」という取り組みとして打ち出しています。直せないほど傷んだものは再販されない場合もあるとされていますが、服を売った会社が、その服の次の持ち主まで面倒を見るという形が制度になっています。
かすれた表面は、途中経過
古着屋でバブアーが長く流通しているのは、布が丈夫だからというだけではないように思います。蝋が抜けたジャケットは見た目こそくたびれていますが、それは寿命の終わりではなく、次の手入れを待っている状態です。塗り直せば、前の持ち主が付けた擦れや皺を残したまま、また雨の日に着られるようになります。
日本では毎日およそ1,300トンの衣類が焼却・埋め立てされていると環境省は推計しています。新しい服を作ることが悪いのではありません。ただ、「手入れをすれば戻る」ことが最初から設計されている服は、手放すかどうかを決める前に、もう一つの選択肢を持ち主に渡してくれます。寿命を延ばす方法が、服と一緒に売られている。バブアーの30年選手、40年選手が古着屋の棚にいるのは、その選択肢が何度も選ばれてきた結果なのだと思います。
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