ダーニング——穴を隠さずに直すという選択
靴下のかかとに穴が空いた日は、多くの場合その靴下の最後の日になります。でも、その穴を糸で埋めてしまえば、寿命はもう数年のびます。ダーニングは、そのためだけの技術です。
これまでこの連載では、50年、100年と生きた服を見てきました。けれども長生きした服に共通しているのは、丈夫に作られていたことだけではありません。誰かが途中で直していたということです。ヴィンテージデニムの膝の当て布も、ボロの継ぎ接ぎも、着物の仕立て直しも、すべては「壊れた瞬間に捨てなかった」人の手の跡でした。今回は、その手仕事のなかでもいちばん小さくて、いちばん始めやすいものの話をします。
「縫う」というより「織り足す」
ダーニング(darning)は、英語で「繕う」を意味することばです。破れた箇所をつまんで縫い合わせるのではなく、穴の上に縦糸を渡し、そこへ横糸をくぐらせて、失われた布を小さく織り直すという考え方の直し方です。生地そのものを足すので、縫い縮めたときのようなつれや引きつりが出にくく、靴下のかかとやニットの肘のように、伸び縮みする場所に向いています。
道具はごく少なくて済みます。針と糸、そしてダーニングマッシュルームと呼ばれるきのこ型の当て木。傘の部分を布の裏から穴に当てて、生地をぴんと張った状態で糸を渡していきます。クロバーやDMCといった手芸メーカーがいまも定番品として販売しているので、手に入れること自体は難しくありません。
かつては、学校で習うことだった
ダーニングは新しい流行ではなく、ヨーロッパでは長いあいだ生活技術として教えられてきました。V&A(ヴィクトリア&アルバート博物館)によれば、17世紀のイギリスで刺繍の見本帳だったサンプラー(練習布)は、やがて少女たちが針仕事を習うための課題へと性格を変えていきます。そのなかに、繕いの技法だけを並べた「ダーニング・サンプラー」がありました。オランダに始まり18世紀に広まったとされる形式で、当時の子どもたちは、布を直せることを一人前の条件として習っていたことになります。
時代が下っても、直す技術は簡単には手放されませんでした。イギリスでは1941年6月から衣料が配給制になり、政府の商務省(Board of Trade)は1943年に「Make Do and Mend」という冊子を配ります。掲げられた目標は、手持ちの衣類から最後の一オンスまで着用を絞り出すこと。ミセス・ソウ・アンド・ソウという案内役のキャラクターが、繕いや仕立て直しの手順を説明していました。服が足りない時代の技術だったのです。
隠す繕いから、見せる繕いへ
もともとの繕いは、直したことがわからないほど良い仕事だとされてきました。生地と同じ色の糸を使い、目立たなくするのが腕の見せどころだったわけです。ところが近年は逆の考え方が広がっています。あえて目立つ色の糸で直し、繕った跡をデザインとして見せる——ビジブルメンディング(visible mending)と呼ばれる方法です。
この言い方を広めた人のひとりに、イギリス・ブライトンで活動する Tom van Deijnen(Tom of Holland)さんがいます。2010年代のはじめに「Visible Mending Programme」という活動を始め、繕い方を教えるワークショップを続けてきました。修理は隠すべき恥ではなく、その服とどれだけ長く付き合ってきたかの記録である——という考え方が、その根っこにあります。
この発想は、実はこのサイトで紹介してきた服とよく似ています。デニムの色落ちを「エイジング」と呼び替えたときに501が捨てられない服になったように、繕い跡を「模様」と呼び替えたとき、穴の空いた服は着られる服に戻ります。技術の問題であると同時に、見方の問題でもあるのです。
まず一足の靴下から
ダーニングでのびる寿命は、劇的な数字ではないかもしれません。一枚のニットにつき、数年といったところでしょう。それでも、日本では毎日およそ1,300トンの衣類が焼却・埋め立てされていると環境省は推計しています。その多くは、まだ着られる状態のまま流れていく服です。数年の延命でも、それが積み重なれば行き先は変わります。
新しい服を買うことが悪いのではありません。ただ、すでに持っている一枚をもう数年着られるなら、そのぶん新しく作られる負荷を使わずに済みます。捨てようとしていた靴下が一足あれば、それが最初の練習台になります。うまく織れなくても、色がちぐはぐでも、それは失敗ではなく、その服が生きのびた印になります。
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