プラートの再生ウール——古いセーターを糸に戻す町
イタリア・トスカーナの織物の町プラートでは、19世紀半ばから使い古したウールをほぐして糸に戻す仕事が続いてきました。町ぐるみでまわる循環のかたちをたどります。
服を服に戻す技術は、いま世界中で研究されている新しいテーマのように語られます。けれど、それを100年以上も生業として続けてきた町があります。イタリア・トスカーナ州、フィレンツェから北西へ20kmほどの場所にあるプラートです。ここでは古いセーターや毛布、裁断くずをほぐし、もう一度糸にして布を織るという仕事が、産業として成り立ってきました。
「ぼろの町」と呼ばれた場所
プラートの繊維産業は中世にさかのぼるとされますが、再生ウールの町としての性格がはっきりするのは19世紀半ばのことです。きっかけのひとつは機械でした。1813年にイギリスのベンジャミン・ローが、紡績や織りで出た毛のくずをほぐし直す乾式の反毛機を発明します。その技術がイタリアにも伝わり、プラートで独自の展開を見せました。
1854年、プラートのフランチェスコ・ピサーニとカルロ・ヴァルドレが、水を使って繊維をやわらかくしてからほぐす湿式の反毛機を導入したとされています。オランダの製紙技術を毛の再生に応用したものと説明されており、短い繊維や硬い繊維も扱えるようになりました。技術はやがて町じゅうに広がり、1863年にはトビア・カイが鉄工所に湿式機を据え、翌1864年には町に18の反毛工場が動いていたと記録されています。
第二次世界大戦後、材料の不足を背景に、プラートは古布を集める世界有数の拠点になっていきます。市の資料は、この町が「ぼろの収集におけるもっとも重要で専門化した中心地」になったと書いています。
触って、見分ける人たち
この産業を支えてきたのは、機械よりもむしろ人の手でした。集まってきた古着を素材と色で選り分ける職人はチェンチャイオーリ(cenciaioli)と呼ばれます。産地の資料によれば、彼らは目で見て、手で触り、引き裂き、必要なら火にかけて燃え方を確かめることで、その布が何でできているかを判断してきました。状態のよいものは古着として再び売られ、それ以外が再生の工程へ進みます。
選別が色ごとに行われるのには理由があります。あらかじめ色をそろえておけば、染め直さずに済むからです。糸にする段階では「フェルトリニスティ」と呼ばれる職人が、異なる材料を配合し、カルディーナという小さな装置で仕上がりの色を試してから割合を決めるとされています。
カルダートという名前
プラートの代表的な布はカルダート(cardato)と呼ばれます。太くて毛羽のある糸で織られた、厚みのある暖かな毛織物です。19世紀半ばから20世紀半ばにかけて、この町の主力商品であり続けました。
いまではその再生版に「カルダート・リチクラート・プラテーゼ」という名前がつけられ、産地の基準として運用されています。公式サイトの説明では、リサイクルおよびリユース由来のウール素材を最低70%含むこと、原料から生地までのサプライチェーンが100%イタリア国内でたどれることが条件とされています。
環境面の効果も数字で示されています。同サイトは、通常の生産と比べて水の使用が約65.6%、エネルギーが約68.2%、CO2排出が約83.5%少ないとしています。すでに繊維になっている素材から始めるため、羊を育て、毛を洗い、染めるという工程の多くを省けることが背景にあるようです。
町ひとつぶんの規模で回る
プラートの循環は、工房ひとつの話ではありません。EUの都市プロジェクト「NetZeroCities」の記事によれば、この地域には7,000を超える事業者と約43,000人の従業者があり、カード織りの毛織物では世界の輸出のおよそ半分を占めるとされています。生産の約80%にあたる年間約28,000トンが再生繊維由来で、再生糸は年間35,000トン以上、再生生地は1億メートル以上つくられていると説明されています。
そして循環の入口をさらに広げる計画も進んでいます。同記事は、新しい選別施設が地域の使用済み衣類を年間20,000トン、工場から出る裁断くずなどを13,000トン扱う構想であることを伝えています。
ここで大事なのは、これが特別な発明の話ではないという点です。選り分ける人がいて、ほぐす工場があり、糸にする紡績があり、織る機屋があり、それを買う人がいる。工程がひとつながりで残っていることそのものが、この町の強みだと言えそうです。
日本にも同じ仕事がある
ほぐして糸に戻す仕事は、日本では「反毛(はんもう)」と呼ばれます。愛知県一宮市を中心とする尾州は国内有数の毛織物の産地で、この地域でも再生ウールづくりが70年ほど続いてきたと紹介されています。取材記事によれば、ある工場では月に12〜13トンの原料を扱い、色を約50色に分けたうえで、1日に200kgほどの反毛をつくっているそうです。
プラートも尾州も、共通しているのは規模よりも継続です。ウールは、ほぐしても繊維としての性質が比較的残りやすい素材だと言われます。それを活かす技術と人が残っている限り、一着のセーターは、次のセーターの材料になれます。
手元のニットが着られなくなったとき、捨てる以外の行き先があるかもしれない——そう思えること自体が、こうした町が長く守ってきたものなのだと思います。
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