アタカマ砂漠の服の山——売れ残りが行き着く場所
南米チリの北部、世界でもっとも乾いた砂漠のひとつに、服の山が積まれてきました。衛星写真にも写るほどの大きさだったといわれています。
チリ北部の港町イキケには、南米でも大きな免税区域(ゾフリ)があります。関税をかけずに輸入・保管・売買ができる仕組みで、ここは長いあいだ、南米向けの古着取引の玄関口として機能してきました。港のすぐ内陸には、アルト・オスピシオという町と、アタカマ砂漠が広がっています。
届いた古着は選別され、状態のよいものはチリ国内や周辺国へ流れていきます。ただ、すべてが売れるわけではありません。売り先の見つからなかった服は町の外へ運ばれ、砂漠に置かれていきました。
数字には幅があります
どれだけの量が届き、どれだけが残るのか。報じられている数字には幅があります。AFPが2021年に伝えた推計では、イキケの港に届く古着は年間およそ5万9,000トンで、そのうち少なくとも約3万9,000トンが売れずに砂漠の処分場へ向かうとされていました。現地の環境団体デシエルト・ベスティード(Desierto Vestido)は、2024年の発信でこれをさらに大きい数字——年間6万6,000トン超、うち約4万3,000トンが不法に投棄される——として伝えています。
国全体で見ると、エレン・マッカーサー財団の資料では、チリは2021年に中古の繊維製品を約12万6,000トン輸入し、世界で10番目の輸入国(世界の約3%)にあたるとされています。同じ年の輸出は約1万6,000トンです。入ってくる量と、出ていく量が釣り合っていないことが、この問題の土台にあるようです。
山は消え、点に散りました
もっとも知られた集積地は「エル・パソ・デ・ラ・ムラ」と呼ばれる場所でした。2021年に航空写真で紹介され、砂の上に色とりどりの服が層になった光景が世界に広まりました。
その山は、2022年6月に火災で焼けています。原因は公式には明らかにされていないと報じられました。写真で知られたあの山は、いまはほとんど見られないようです。
ただ、問題そのものが終わったわけではないようです。デシエルト・ベスティードの共同創設者アンヘラ・アストゥディージョ氏は、大きな一か所の山のかわりに、現在は砂漠一帯におよそ200か所の「マイクロダンプ」が点在していると語っています。目立たない場所に少しずつ置かれ、埋められたり燃やされたりする。活動家たちは、そうした現場をSNSで中継して記録に残そうとしています。
雨が降らない場所に置くということ
アタカマ砂漠は、地球上でもっとも乾燥した地域のひとつとして知られています。米メディアのGristは、アルト・オスピシオでは14年間にわたって降雨が観測されなかったと報じています。
乾いているから腐らない。土に還る条件がそろわないため、置かれた服はほぼそのまま残ります。とくにポリエステルなど石油由来の合成繊維は、分解に非常に長い時間がかかるとされています。そして燃やされれば、煙とすすが近くの町に流れます。「パンを買いに出ると、焼けるにおいがする」という住民の言葉が現地の取材で紹介されています。
送った側に責任を戻す動き
チリでは2025年7月4日、繊維製品が拡大生産者責任法(Ley REP)の7番目の「優先製品」に指定されました(環境省決議第3914号)。これにより、衣類をつくる側・輸入する側は、市場に出した量を登録・報告する義務を負うことになります。回収や再利用の具体的な目標値は、今後の最高政令で定められる予定とされています。
現地では、砂漠に残された服を使ったファッションショー「アタカマ・ファッション・ウィーク」(2024年)や、投棄現場から集めた服を送料だけで引き取れる取り組みなど、量を減らすための試みも続いています。
手放した服は、消えません
日本でも、毎日およそ1,300トンの衣類が焼却・埋め立てされていると環境省は推計しています。国は違っても、起きていることの形は似ているのかもしれません。つくられる量と、着られる量のあいだに差があること。そして差の分は、どこかの土地に置かれること。
新しい服を買うことが悪いのではありません。ただ、すでにある服をもう一年着る、直して着る、古着を選ぶ——そうした選択は、まだ使える服を移動させずに済ませる方法でもあります。服の一生は、買った人が手放したところで終わりません。終わる場所が砂漠であっていいのか、という問いだけは、遠くの話として置いておかないほうがよさそうです。
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