カウチンセーター——太い糸で編むカナダ先住民のニット
染めていない太い羊毛で、縫い目なく輪に編まれた厚手のセーター。カナダ西海岸の先住民の女性たちが150年以上編み継いできたニットが、なぜいまも古着屋に残っているのかを見ていきます。
古着屋のニットの棚で、ひときわ厚く、ずっしりと重いセーターに出会うことがあります。生成りの白に、こげ茶や灰色で鳥や幾何学模様が編み込まれ、大きなショールカラーと前開きのファスナー。ジャケットのように羽織るその服は、カウチンセーターと呼ばれています。名前は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州のバンクーバー島にあるカウチン・バレーと、そこに暮らすコースト・セイリッシュの人々に由来します。
織物の民が、編み物を手にするまで
コースト・セイリッシュの女性たちは、ヨーロッパの人々と出会うずっと前から、山羊の毛や、毛を取るために飼っていた犬の毛を使って毛布を織っていたとされています。毛布は儀式や交易に欠かせない大切な品でした。
19世紀に入ると、ハドソン湾会社の毛布などの交易品が入ってくるようになり、原料の毛を安定して手に入れることも難しくなって、手織りの毛布は少しずつ作られなくなっていったようです。そのなかで広まったのが編み物でした。1858年にはモントリオールから聖アンナ修道女会の4人の修道女がビクトリアへ渡って学校を開き、1860年代には先住民の少女たちへの授業に編み物が取り入れられたと記録されています。また、1880年代後半にスコットランドのシェトランド諸島から移住した女性が、羊毛の梳き方や紡ぎ方、編み方を教えたという話も伝わっていますが、編み物がどのように伝わったのかははっきりとはわかっていません。
カナダの研究では、カウチン・バレーの女性たちがヨーロッパの編み方に触れたのは1860年ごろとされています。羊毛を扱う昔からの技術と、新しく入ってきた編み物が組み合わさって、このセーターが生まれました。
染めない羊毛と、縫い目のない輪編み
カウチンセーターの特徴は、まず糸にあります。使われるのは、手で紡いだ太い一本撚りの羊毛です。色は白、黒に近いこげ茶、灰色など、羊の毛そのものの色を2〜3色使うのが基本とされ、染料はあまり使われません。強い洗剤で脂を落としきらずに仕上げた羊毛は、羊の脂(ラノリン)が残るぶん、雨をはじきやすく暖かいと説明されることがあります。
もうひとつの特徴は編み方です。スコットランドなどのセーターが前身頃・後ろ身頃を別々に編んで縫い合わせることが多いのに対し、カウチンセーターは複数の針を使って輪に編み、縫い目を作らないのが伝統とされています。縫い目がないということは、ほつれやすい弱い場所がひとつ少ないということでもあります。
働く服として、売るための服として
暖かく、天候に強く、丈夫で実用的なこのセーターは、1900年代の初めごろから外の市場でも求められるようになりました。漁師や林業で働く人、狩りに出る人たちが好んで着たと言われています。編み手にとっては利益の少ない仕事だったようですが、それでも新しく入ってきた貨幣の経済のなかで、家族の暮らしを支える足がかりになったとされています。
1920年代には人気の広がりとともに、外部の会社や個人がこのセーターをまねるようにもなりました。かつては差別的な呼び名で呼ばれたこともありましたが、1950年代以降、カウチンの人々は「カウチン」という名前を取り戻し、この服が自分たちのものであることを示してきました。
国が認めた「歴史的な出来事」
2011年、カナダ政府は「コースト・セイリッシュの編み手とカウチンセーター」を国の歴史的な出来事に指定しました。服そのものだけでなく、編み手たちの仕事が評価された指定です。記念の銘板は、カウチン・バレーの町ダンカンの公園に置かれています。
2009年には、2010年バンクーバー冬季五輪の公式グッズとして、カウチンセーターによく似たデザインのセーターが大手百貨店から発表され、編み手たちが抗議するという出来事もありました。最終的には、編み手が自分たちのセーターを同じ店で販売することで折り合いがついたと伝えられています。
重さが寿命になる服
カウチンセーターは、軽くて薄い服の反対側にあります。重く、太く、一枚を編むのに時間がかかる。けれどもその重さが、何十年も着られる丈夫さにつながっているように見えます。古着屋で見かけるカウチンセーターに、ファスナーを付け替えた跡や、ひじを繕った跡が残っていることがあるのは、直しながら着続けられてきた証拠でしょう。
いまもバンクーバー島や本土のコースト・セイリッシュの編み手たちが、セーターを編んで販売しています。古着で手に入れる場合も、新しく買う場合も、その一枚が誰の手で編まれたのかに少し思いをめぐらせてみると、服の見え方が変わるかもしれません。