カーディガン——前開きニットに残る伯爵の名前
ボタンで前を開け閉めできるニットは、カーディガンと呼ばれています。この名前は、19世紀のクリミア戦争で騎兵を率いたイギリスの伯爵に由来するとされています。名前の由来と、このかたちが長く着られてきた理由を見ていきます。
古着屋のニットの棚には、頭からかぶるセーターと並んで、前をボタンで留めるニットがかかっています。カーディガンです。羽織るだけで着られて、暑くなればすぐに脱げる、ごく身近な服です。けれども、その名前は、ある戦争とひとりの軍人にさかのぼります。
カーディガン伯爵とクリミア戦争
名前の由来とされているのは、イギリス陸軍の軍人だった第7代カーディガン伯爵ジェームズ・ブルデネル(1797〜1868年)です。伯爵は、クリミア戦争中の1854年10月25日、バラクラヴァの戦いで「軽騎兵旅団の突撃」を率いたことで知られています。命令の行き違いから大きな損害を出したこの突撃は、のちに詩にもうたわれました。
伯爵が戦地で身につけていたとされるのが、毛糸で編んだ袖なしのベストでした。この服は帰国後に評判となり、伯爵の名前で呼ばれて広く売られたと伝えられています。もっとも、前開きのニットそのものは名前より前から存在していたようで、伯爵が考案したのか、名前を貸すかたちになっただけなのかは、はっきりしていません。暖炉で上着の裾を焦がしたのがきっかけだった、という逸話もありますが、言い伝えの域を出ないものとされています。
言葉の記録としては、1856年3月にフィラデルフィアの雑誌『Peterson's Magazine』の編み物の記事に「cardigan」の語が見られるという調査があります。戦争が終わって間もないころには、すでに服の名前として使われはじめていたことになります。
ラグランとバラクラヴァ——同じ戦争から生まれた服の言葉
クリミア戦争からは、ほかにも服の名前が残っています。肩から首もとまで続くラグラン袖は、同じ戦争でイギリス軍を指揮したラグラン男爵にちなむとされます。ワーテルローの戦いで片腕を失った男爵が着やすいように工夫した袖だという説明が知られています。
目と口だけを出して頭をすっぽり覆うニット帽のバラクラバも、戦いの地名から名づけられました。ただし、この呼び名が確認できる記録は戦争からかなり後のものだという調査もあり、名前が広まった時期には諸説あるようです。
ベストから、女性の服、日常の羽織りものへ
はじめは袖のない編みもののベストを指していた「カーディガン」という言葉は、やがて袖のある前開きのニット全般を指すようになりました。20世紀に入ると、ココ・シャネルが女性の服として広めたとされています。首の詰まったセーターをかぶると髪型が崩れるのを嫌ったため、という話が伝えられています。
その後は、1920年代の大学生のスタイルや、1950年代、1990年代など、時代ごとにくり返し流行してきたといわれています。Vネックやクルーネック、ショールカラー、ボタンの数や位置など細部は変わりましたが、「前を開けて羽織るニット」という基本は変わっていません。
脱ぎ着しやすいかたちが、古着を長生きさせる
カーディガンは、かぶらずに羽織れるので、サイズや体型の変化にも比較的合わせやすい服です。前を開ければ少し大きめでも着られ、季節の変わり目には一枚足すだけで温度を調節できます。年代を問わず誰かが着られることが、古着として次の持ち主に渡りやすい理由のひとつだと考えられます。
ウールのニットは、毛玉を取り、ほつれた編み目を直し、取れたボタンを付け替えれば、長く着つづけることができます。ボタンを別のものに替えるだけで印象が変わるのも、前開きの服ならではの楽しみです。
新しいニットを買うことが悪いわけではありませんが、すでにある一枚を選べば、羊毛を育てて糸を紡ぎ、編み上げる負荷を使わずに済みます。古着屋でカーディガンを羽織ったら、その名前が170年ほど前の戦場から来たことを思い出してみてください。
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