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タータン——土地や家の柄として受け継がれた布

赤や緑の格子柄は、古着屋のスカートやマフラー、ウールのシャツでよく見かけます。土地の布から「家の柄」へ、そして登録される柄へ。タータンが世代をこえて残ってきた理由を見ていきます。

/ FURUGI LOOP 編集部 / 受け継がれる布・民族衣装

寒くなってくると、古着屋の棚にはチェック柄のウールが増えてきます。赤地に黒や緑の線が交差するスカート、深い緑と紺のマフラー、厚手のシャツ。こうした格子柄の多くは、タータンと呼ばれる布の流れをくんでいます。タータンはスコットランドを代表する布として知られていますが、今のように「この家の柄」と決まった形になるまでには、長い時間がかかったようです。

柄は「セット」という設計図

タータンの柄は「セット(sett)」と呼ばれます。決まった幅の色の線が直角に交わり、重なった部分が混ざり合って格子を作ります。伝統的なタータンは、梳毛ウールを2本越えて2本くぐる2/2の綾織りで織られ、縦糸と横糸に同じ順番で色を並べるのが基本とされています。

そのため、タータンの柄は「何色の糸を何本、どの順番で並べるか」という糸の本数(スレッドカウント)で書き表すことができます。布そのものがなくなっても、この数字が残っていれば同じ柄を織り直せる。柄が情報として受け継がれるというのが、タータンのおもしろいところです。

3世紀の布片と、土地の柄

イギリスで見つかっている最も古いタータン風の布は「フォルカーク・タータン」と呼ばれる3世紀ごろの布片です。スコットランドのフォルカーク近くで、約2,000枚のローマ時代の硬貨が入った土器の口に詰められていたとされ、染めていない明るい色と暗い色のウールで、シンプルな格子が織られています。現在はスコットランド国立博物館に収められています。

ただし、昔のタータンは、必ずしも氏族(クラン)ごとに決まった柄ではなかったようです。地域の織り手が、その土地で手に入る染料や羊毛で織っていたため、柄は家よりも土地に結びついていたと考える研究者が多いとされています。氏族ごとの柄が広く定着したのは、主に19世紀になってからと紹介されています。

糸の色と本数さえ残っていれば、同じ格子はいつでも織り直せます。

着ることを禁じられた36年

1745年のジャコバイトの反乱のあと、イギリス政府は1746年に「服装法(Dress Act)」を定め、スコットランドの男性や少年がタータンを含むハイランドの衣服を着ることを禁じました。違反すると、初回は6か月の禁錮、2回目は7年間、海外の植民地へ送られるという重い罰が定められていました。一方で、国王の軍に仕える兵士は対象外とされ、ハイランドの連隊ではタータンが着られ続けました。

この法律は1782年に廃止されました。そのあいだの約二世代、日常の服としてのタータンは途切れかけたとされています。

「家の柄」から「登録される柄」へ

タータンがふたたび注目されたのは、1822年の国王ジョージ4世のエディンバラ訪問だといわれます。作家のウォルター・スコットが演出に関わり、ハイランドの装いが華やかに披露されたことで、タータンの人気が広がりました。1842年には氏族ごとの柄を集めたとされる本『Vestiarium Scoticum』が出版されましたが、のちにその内容は偽作と判断されています。それでも、この時代に氏族と柄を結びつける考え方が定着していきました。1853年には、ヴィクトリア女王の夫アルバート公がバルモラル・タータンをデザインしたとされています。

そして2008年、スコットランド議会は「スコットランド・タータン登録法」を成立させ、2009年2月に公的な登録簿が始まりました。登録簿はスコットランド国立記録局が管理し、それ以前の記録から少なくとも約7,000の柄を引き継いでいると紹介されています。家や地域、学校や企業の柄が、今も新しく登録され続けています。

古着屋でタータンのスカートやマフラーを見つけたら、縦と横の線が同じ順番で並んでいるか、確かめてみてください。何十年も前に織られた一枚でも、その柄の設計図はきっとどこかに残っています。布は傷んでも、柄は世代をこえて受け継がれていく。そう考えると、一枚の古いタータンも少し違って見えてくるかもしれません。

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