有松・鳴海絞り——布をくくって染める尾張の技
布を糸でくくり、縫い締めて染め分ける有松・鳴海絞り。東海道の旅人に売られた手ぬぐいから始まり、約70種類の技法とともに400年あまり受け継がれてきた尾張の手仕事を紹介します。
藍の地に、小さな白い点や、蜘蛛の巣のような放射状の模様が浮かぶ浴衣。こうした柄の多くは、筆で描いたものでもプリントでもなく、布そのものを糸でくくったり縫い締めたりして染め分けた絞り染めによるものです。名古屋市緑区の有松・鳴海で受け継がれてきた有松・鳴海絞りは、その代表的な産地のひとつとして知られています。
東海道の旅人に売られた手ぬぐい
名古屋市の資料によると、有松は慶長13年(1608年)、東海道の鳴海宿と池鯉鮒(ちりゅう)宿のあいだに、尾張藩によって開かれた町です。このとき知多郡から竹田庄九郎ら8名が入植したとされています。
愛知県の紹介では、名古屋城の築城に来ていた人から伝わった絞りの技法を用いて、竹田庄九郎が手ぬぐい(豆しぼり)をつくり、「九九利絞(くくりしぼり)」として売り出したのが始まりとされています。街道を行き来する旅人の土産物として考案されたものが、やがて町の産業になっていったようです。
有松の町には、絞りを商った家の主屋や土蔵がいまも並び、2016年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。2019年には、有松の文化と伝統を語るストーリーが日本遺産にも認定されています。布の技術が、町並みそのものを残してきたとも言えそうです。
くくる・縫う・たたむ——約70種類の絞り技法
絞り染めの原理はシンプルです。布の一部を糸できつく巻いたり、縫って引き締めたりしてから染めると、締めた部分には染料が入らず、白く残ります。糸をほどくと、その跡が模様として現れます。
愛知県によると、有松・鳴海絞りの「括り」の技法は約70種類あるとされ、例として蜘蛛絞(くもしぼり)、嵐絞(あらししぼり)、雪花絞(せっかしぼり)が挙げられています。蜘蛛絞は布をつまんで巻き上げることで放射状の線を出し、嵐絞は布を棒に巻いて斜めの細い筋を、雪花絞は布を折りたたんで板で挟み、雪の結晶のような幾何学模様をつくる技法として紹介されることが多いようです。同じ「白く残す」という発想から、これだけ違う表情が生まれるところに、この技の奥行きがあります。
型紙から湯のしまで、職人が分けて担う工程
愛知県の説明では、工程はおおまかに次のように進みます。図案どおりに型紙を彫り、布地に青花液で下絵を刷る。綿糸で布を括って染め上げ、糸を抜いて模様を浮かび上がらせる。最後に蒸気をあてる湯のしで布の幅を整えて仕上げます。
それぞれの工程は専門の職人が担い、一反ができあがるまでに平均50〜60日かかるとされています。1975年(昭和50年)9月4日には国の伝統的工芸品に指定され、名古屋市の資料では、県内の伝統産業のなかで最初の指定だったと紹介されています。製品は振袖や訪問着などの絹物から、木綿の浴衣、服地、インテリアまで幅広く作られています。
古着の絞りを手に取るときに
古着や古布の市場では、絞りの浴衣や反物、羽織などを見かけることがあります。絞り染めの布は、くくった跡が細かな凹凸として残っていることがあり、その立体感も手仕事の名残と言えます。小さな点の一つひとつが、誰かの指で糸を巻いた跡だと思うと、布の見え方が少し変わってくるかもしれません。
新しく染められた絞りにも、いまの職人の仕事が詰まっています。そのうえで、すでにある絞りの布を選ぶことは、何十日もかけて染められた一枚に、もう一度着られる機会を渡すことでもあります。浴衣として着るほか、ほどいて小物や服に仕立て直すなど、着物地と同じように形を変えながら使い続けることもできます。
旅人が道中で買い求めた手ぬぐいから始まった有松・鳴海絞り。土産物として持ち帰られた布が、世代をこえて受け継がれていくという意味では、古着として次の人の手に渡っていく絞りもまた、その旅の続きなのかもしれません。