デッドストック——一度も着られずに50年生きた服
タグがついたままの、数十年前の新品。古着屋でいちばん高い値札がついていることもあります。「着られなかったこと」が価値になる、寿命の変わり種の話です。
古着屋の奥に、ときどき不思議な一着が下がっています。数十年前に作られたはずなのに、折りじわがまだ残っていて、紙のタグが糸でぶら下がったまま。袖を通した人が、これまで一人もいない服です。デッドストックと呼ばれるこの服たちは、古着の世界でいちばん説明のむずかしい存在かもしれません。
デッドストックは「過去の新品」です
デッドストック(dead stock)は、直訳すれば「死んだ在庫」。作られたものの売る機会を逃したまま、倉庫で長く保管されていた新品未使用品を指す言葉として、アパレルの世界で使われてきました。店頭に並んだものの売れず、倉庫へ戻されたものも含まれます。
一度誰かに着られた「ヴィンテージ」に対して、デッドストックは「過去の新品」だと整理されることが多いようです。だから当時の色、当時の縫製、当時の質感が、そのままの状態で残っています。その年代の服が、作られた瞬間のまま届く——資料としても、着るものとしても、これは代えのきかない価値です。
生き延びた理由は、売れなかったことでした
ここが少し皮肉なところです。この服が50年も無傷で残れたのは、丈夫だったからでも、愛されたからでもありません。売れずに倉庫の奥へ押しやられ、忘れられたからです。もし当時ふつうに売れていたら、10年かそこらで擦り切れて、とっくに処分されていたかもしれません。
つまりデッドストックの寿命は、服そのものの強さというより、偶然の産物です。倉庫がたまたま乾いていたこと、廃業のときに中身が捨てられなかったこと、誰かが箱を開けてみようと思ったこと。いくつもの偶然を通り抜けた一着だけが、いま店頭に立っています。
燃やされてしまう在庫のほうが、ずっと多い
忘れられて生き延びる在庫は、例外のほうです。売れ残った服の多くは、市場に安く出回ってブランドの価値が下がることを避けるため、静かに処分されてきました。イギリスのバーバリーが2018年3月期の年次報告書で、その年に物理的に廃棄した完成品の原価が2,860万ポンドにのぼると記載していたことは、大きな議論になりました。同社は同年9月、この慣行をやめると発表しています。
この問題には、制度の側も動き始めています。フランスは2020年に成立した「循環経済のための廃棄物対策法(AGEC法)」で、2022年1月から食品以外の売れ残り品の廃棄を禁じました。EUでもエコデザイン規則(ESPR)にもとづき、大企業を対象に、売れ残った衣類・服飾雑貨・靴の廃棄を禁じるルールが2026年7月19日から適用されています。欧州委員会は、EU域内で売れ残った繊維製品の推計4〜9%が、一度も着られないまま廃棄されているとしています。
未使用でも、時間は同じだけ流れています
ただし「新品未使用」は「新品同然」とは限りません。着ていなくても、時間は服の上を平等に流れていきます。とくにゴムやウレタンを使った部分——ウエストのゴム、袖口のリブ、靴底、コーティング生地——は、空気中の水分による加水分解で、保管しているだけでも劣化が進むことが知られています。開けた瞬間にゴムがベタつく、伸びが戻らない、といったことは珍しくありません。
ですからデッドストックを選ぶときは、「一度も着られていない」という事実だけでなく、どんな素材が、どんな環境で眠っていたのかを見たほうが良さそうです。綿や麻の織物は比較的よく耐えますが、化学繊維や接着を使った部分は、年数のぶんだけ静かに変化しています。
この一着が置いていく問い
デッドストックは、服の寿命について二つのことを同時に教えてくれます。ひとつは、作られた服は、着られなくても消えないということ。もうひとつは、その一着の背後に、同じように売れ残って、しかし残らなかった服が大量にあるということです。
日本では、家庭から手放される衣類のうち、多くがそのまま焼却・埋め立てに向かうと推計されています(環境省)。倉庫で50年眠った一着に高い値札がつくのは、それだけの偶然を生き抜いた確率の低さでもあります。だとすれば、いま自分のクローゼットで「着ないまま」になっている服も、実は小さなデッドストックなのかもしれません。眠らせておくか、次の人に渡すか。決められるのは、持っている人だけです。
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